リアルタイム報道局
「No」を学ぶ助産師・高野しのぶ—横浜発の性教育が広がる理由
「No」を学ぶ助産師・高野しのぶ—横浜発の性教育が広がる理由
@ Mia Phillips • Click to Play Video Inline
🎵 「No」を学ぶ助産師・高野しのぶ—横浜発の性教育が広がる理由

「No」を学ぶ助産師・高野しのぶ—横浜発の性教育が広がる理由

Author

Mia Phillips

Published Sep 01, 2026

高野 しのぶは、横浜で長年助産師として働きながら、子どもへの性教育を「知識」と「自己決定」の両輪で届けてきた人物だ。2019年から小中学校の出前授業を始め、12,000人超に正しい性の情報を伝える。2024年3月には公共機関を退職し、団体「en」を設立。境界線(バウンダリー)と「No」の言語化を軸に、全国展開を進めている。

現場の経験から導いた問いはシンプルだった。なぜ、社会的に望まない妊娠や性被害、性感染症が起き続けるのか。その答えとして高野は「子どもが十分な知識を持っていないこと」を強く指摘する。学校教育に包括的な性教育を必須にする必要性を、講演と教材づくりで訴えてきた。

項目 要点
名前 高野 しのぶ(助産師/性教育アクティビスト)
活動の拠点 横浜市
学校出前授業の開始 2019年
これまでの到達人数 12,000人以上の子どもに授業(推計)
団体設立 2024年3月:「en」
講演で重視する考え 境界線(バウンダリー)/「No」の言語化/デジタル時代の性被害への対応
目標 学校教育で性教育を必須化し、身体と心を大切にする力を育てる

高野 しのぶとは:助産師の現場と「教育」の接点

高野 しのぶは、日本で助産師として働きながら、性教育の必要性を訴えてきたアクティビストとして知られる。横浜市で長く実務に携わり、市民病院で2008年から16年間働いたという経歴がある。医療の現場では、出産だけでなく、妊娠に至る過程や、心身の不安、家族の選択の難しさも日常的に見える。

だからこそ高野が性教育を語るとき、抽象論より先に「子どもの困りごと」を思い浮かべる。彼女は市民病院での仕事と並行して、親としての子育て経験も重ねてきたとされる。実務と家庭の両方から、子どもがどんな情報に出会い、どんな沈黙を抱えるのかを見てきた。その視点が、学校現場に持ち込まれる。

「知識」だけでは足りないという問題意識

性教育は、単に体の仕組みを教えるものではない。高野は、社会的に望まない妊娠・出産、性被害、性感染症が増えている背景として「子どもが十分な知識を持っていないこと」を挙げる。知識がないと、自分の体の変化を理解しにくい。危険や選択肢を見分けにくい。結果として、トラブルが起きたときに「助けを求める」行動につながりにくくなる。

ここで重要なのは、彼女の主張が「子どもに怖い話をする」方向ではない点だ。むしろ、子どもが自分で判断し、選べる状態をつくるための教育だと繰り返し伝えている。

横浜で性教育を行う高野しのぶを想起させるイメージ

境界線(バウンダリー)と「No」:伝え方の核

高野 しのぶが講演で強調するのが、境界線(バウンダリー)の考え方だ。これは、相手との距離や接触、言葉の受け止め方を「線引き」として理解し、自分の意思で守る力につなげる発想である。子どもにとって、境界線は理屈より体感に近い。だからこそ、彼女は具体的な言語として「No」を教えようとしている。

「断る言葉」を“できる”に変える

性教育が失敗する場面は、情報不足だけでなく「言葉にできない」ことから起きる。嫌なことがあっても黙ってしまう。怖くて断れない。大人の顔色を見てしまう。高野のアプローチは、子どもが自分の感覚を信じ、短い言葉で意思表示できる状態を目指す。

この「No」の言語化は、単にいじめや誘いの断りにも通じる。性的な文脈に限らず、相手の要求に対して自分の境界を守る練習になるからだ。性被害の予防を考えるとき、教室での一言が命運を分けることは珍しくない。

また、彼女の講演にはデジタル時代の視点が入る。スマホやSNSで起きる性暴力は、学校外でも日常として存在しうる。見知らぬ相手とのやり取り、画像の拡散、誘導的な言葉など、境界が曖昧になりやすい。だからこそ、現代の性教育は「現実」と「画面の向こう」を切り離さない形で必要になる。

境界線を理解し「No」を言語化する性教育の概念イメージ

2019年から広がる出前授業:横浜の小中学校で何が起きたか

高野 しのぶが性教育の出前授業を横浜の小中学校へ本格的に届け始めたのが2019年だ。以降、12,000人以上の子どもに向けて授業を行ってきたとされる。学校での活動は、行政との調整や現場の時間割、保護者への説明など、積み重ねが欠かせない。にもかかわらず数を伸ばしてきた背景には、授業の組み立てが「学校が扱える形」に落とし込まれてきた事情がある。

誤情報に“答え”を与えるより、判断の軸を育てる

授業が届く先には、口コミやネットの情報が混ざっている。性に関する情報は、誤解されやすいだけでなく、センシティブさゆえに確認しにくい。結果として、子どもは自分で確かめるための材料を持ちにくい。

高野の授業は、その欠落を「正しい知識」という言葉で埋めようとするだけではない。自己決定、つまり自分の感情や条件を踏まえて選ぶ力を育てる方向に重点がある。ここに、本人の助産師経験がにじむ。現場では、同じ出来事でも人によって選択が違う。その差を生むのは情報だけではなく、心の安全や話せる環境でもある。

授業を通じて、子どもが「相談していい」と感じられるかどうか。高野が重視するのは、その土台作りだ。

性教育をめぐる論点:なぜ「必須化」が焦点になるのか

性教育が議論になるとき、しばしば対立点は「何をどこまで教えるか」に置かれる。しかし高野 しのぶは、教える範囲の前に「提供される頻度と質」が問題だと見ている。社会的に望まない妊娠・出産や性被害、性感染症が存在する以上、現行の“後追い”では間に合わない状況が続いている。

学校教育に性教育を必須とするという主張は、検討の場を「善意」に任せないための提案だ。任意だと、地域差が生まれる。教師や保護者の温度感に左右される。結果、同じ年齢の子どもでも受けられる情報が違ってしまう。高野の活動は、その格差を縮めたいという目的に近い。

包括的な視点:LGBTQ+理解を“特別扱い”しない

高野の講演には、LGBTQ+への理解拡大も取り入れられている。ここでのポイントは、多様性を“特別な話題”として置くのではなく、誰もが自分の体や感情を尊重されるべきだという原則に接続することだ。境界線や自己決定は、性的指向や性自認に関わらず機能する。だからこそ、包括的な性教育の設計が現実味を持つ。

この考え方は、子ども同士の関係性にも効く。からかい、無理解、孤立。そうした要因はしばしば「相手を尊重する言葉の不足」から生まれる。性教育の役割は、身体の話で終わらない。

学校での包括的な性教育を象徴するイメージ

2024年3月:「en」設立で何を変えようとしているのか

転機は2024年3月に訪れた。高野 しのぶは、公共機関での立場を退職し、団体「en」を設立した。横浜から始めた取り組みを全国に広げ、学校教育における性教育を必須とすることで、子どもが身体と心を大切にする力を育てることを目的としている。

個人の活動が積み上がるほど、次に直面するのは「再現性」だ。同じ熱量でも、教材がなければ授業は単発になりやすい。講師の稼働だけに依存すると、広がりに限界が出る。そこで高野は、訪問授業だけでなく、オンライン教材の制作や地域イベントの開催を通じて、情報の届け方そのものを整えていく方針が見える。

オンライン教材が担う役割:時間と距離の壁を越える

オンライン教材は万能ではない。現場での対話や空気を置き換えることは難しい。それでも、誤情報に囲まれた子どもが、いつでも参照できる“正しい入口”を用意するには意味がある。学校の授業前後、家庭での会話のきっかけとして、教材は役に立つ。

高野の考え方は、教育を「その場限りのイベント」から「必要なときに戻れる情報」に変える方向にある。情報社会では誤情報も拡散する。だからこそ、正しい情報と自己肯定感に近い形で届く設計が求められる。

“実務の人”が語る重み:助産師経験が授業に残すもの

助産師の仕事は、出産という瞬間だけを扱わない。妊娠・出産に至る道のり、相談の遅れ、孤立、そして支援につながるまでの時間。それらが絡み合って現れる。高野 しのぶが性教育に取り組む背景には、そうした長い時間の見取りがある。

性教育の現場で大切なのは、教える側が「子どもの気持ち」を想像できることだ。高野は、現場で支える立場として、子どもや家族が何に怯え、どこで詰まるのかを見てきた可能性が高い。だからこそ、境界線や「No」を“恥ずかしい言葉”にしない。教室で口にしやすい形にする。

講演の目的は“恐怖”でなく“選択”を増やすこと

性に関する教育は、ときに恐怖を駆動力にしがちだ。しかし高野の狙いは違う。子どもが自分の意思を守り、必要なら助けを求める選択肢を持てるようにすること。そこに、自己決定という言葉の実感がある。

また、デジタル時代の性被害や、LGBTQ+を含む多様な当事者への理解を組み込むのは、現実に合わせるためでもある。現代の子どもは、学校の外でも性の情報に触れざるを