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「夜空を閉じ込めた」コロロ 硝子、光が鳴るガラスの正体
「夜空を閉じ込めた」コロロ 硝子、光が鳴るガラスの正体
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「夜空を閉じ込めた」コロロ 硝子、光が鳴るガラスの正体

Author

Emily Dawson

Published Sep 01, 2026

「コロロ 硝子」は、ガラスの表情が“静かに鳴る”ように感じられる作家です。夜空、星、海底、森——一見すると自然を題材にした作品ですが、見せたいのは風景そのものではありません。光の強弱や層の密度が、記憶の輪郭を呼び起こします。

コロロ 硝子(林彩加)は埼玉県蕨市拠点のガラス作家。東京藝術大学のガラス専攻を卒業後、古代メソポタミア発の技法「パートドヴェール」を自分の制作に合わせて改良し、自然のテーマを“柔らかな光”と立体の色で表現します。個展はカフェ&ギャラリーなどでも開かれ、オンラインでも購入可能です。

項目 要点
作家名(通称) コロロ 硝子(林彩加)
拠点 埼玉県蕨市
学歴 東京藝術大学 ガラス専攻卒
主な技法 パートドヴェール(古代メソポタミア発)を改良
作品の核 光と音、自然の記憶(夜空・星・海底・森など)
展示・販売 LUPOPO、三軒茶屋のカフェ&ギャラリー等/オンライン販売

コロロ 硝子とは誰か:林彩加の制作スタンス

コロロ 硝子は、埼玉県蕨市で活動するガラス作家、林彩加さんの通称です。作風を一言で語るのは簡単ではありません。けれど、作品を前にしたときに残る感覚は共通しています。光が単なる“眩しさ”に留まらず、層の厚みや色の滲みと一緒に、空間の温度まで変える——そんな体験です。

林さんが制作で強く意識しているのは、ガラスを通した“自然の記憶”。夜空の点、海底の揺れ、森の深さといったテーマを扱いながら、それを説明する言葉より先に、見ている側の感性が動くよう設計している印象を受けます。眺める、というより、思い出す方向に人を連れていく作品です。

東京藝術大学から始まった「光の設計図」

林さんは東京藝術大学のガラス専攻を卒業しています。ここで学ぶのは、素材の扱いだけではありません。温度、溶け具合、成形のタイミング。つまり“できあがり”を読む力です。ガラスは、作り手の意図と物質の性格がぶつかる領域です。だからこそ、学生時代の訓練が、後の作家活動の土台になっているはずです。

卒業後に制作へ向かうなかで、林さんは自分が惹かれる表現に合う技法を探し、最終的に「パートドヴェール」という道に寄り添っていきます。ここから先は、偶然ではなく選択の連続です。古い技法を、そのまま使うのではなく、自分の手の動きと感覚に合わせて“改良”する。コロロ 硝子の作品が独特なのは、まさにその選択の結果だと考えられます。

パートドヴェール改良の意味:古代技法が「今」の音を持つまで

コロロ 硝子の制作で中心にあるのがパートドヴェールです。これは古代メソポタミア発とされる技法で、粉末状のガラスを型に詰め、加熱して溶け固めることで、ガラス特有の密度感や層のニュアンスを出します。薄い膜のような表情が生まれたり、色が内部から滲むように見えたりするのが魅力です。

ただし、古代の技法を“そのまま再現”するだけでは、個性にはなりにくい。林さんはパートドヴェールを自身の制作に合わせて改良していると伝えられています。ここで重要なのは、改良が「見た目の工夫」にとどまらない点です。光が当たったとき、どこが濃く、どこが抜けるか。作品の内部にどんな“速度感”を作るか。改良とは、素材と時間の関係を調整する作業とも言えます。

夜空・星・海底・森:テーマが示すのは風景ではなく感覚

コロロ 硝子の作品は、夜空・星・海底・森といった自然テーマを取り込みます。観る人は最初に“景色”として認識することがあります。でも、時間が経つほど、それが単なる図柄ではないとわかってきます。ガラスという媒体は、光を反射し、透過し、そして屈折させます。つまり、視覚情報を“物質の挙動”に変換できる。

だからこそ、夜空なら夜空の色だけで勝負していない。星の点が、どれくらい密で、どれくらい奥行きがあるか。海底なら、濃さと揺らぎのバランス。森なら、深さの段階。これらがすべて“見え方の設計”として組み立てられているように感じられます。

さらに、林さんの言葉として伝えられている「光と音」。ガラスの作品に音を感じることは、比喩として読める人もいるでしょう。しかし、触れたことのある人ならわかるはずです。振動のないはずの素材でも、形状や厚みの差が生む“気配”はあります。コロロ 硝子は、その気配を作品の側に置くタイプの作家です。

アクセサリーとオブジェ:持つ人の生活に馴染む理由

コロロ 硝子の制作には、オブジェだけでなくアクセサリーも含まれます。アクセサリーは、作品が日常に入り込む器です。ここで大事なのは、日常光の下でどう見えるか。室内の照明、外気の反射、肌に触れる距離。ガラスは環境の変化に敏感なので、身につけると“色の気分”が変わっていきます。

夜空のモチーフを身につけるのはロマンチックですが、それだけではない。光が当たる角度で見え方が変わるからこそ、同じ人でも違う表情を楽しめる。コロロ 硝子のアクセサリーが人気を集める背景には、技法の品質だけでなく、完成後の運用まで想像する制作姿勢があるのだと思います。

展示はどこで見られる?LUPOPOや三軒茶屋の場が意味すること

林さんの個展は、LUPOPOや三軒茶屋のカフェ&ギャラリーなどでも開催されていると伝えられています。展示場所は作家の魅力と無関係ではありません。カフェ&ギャラリーのような空間では、作品は“鑑賞”だけでなく“滞在”の一部になります。人は席を立つまでの間、何度も視線を移す。ガラスは角度が違うだけで表情が変わるので、こうした場は相性がいい。

また、LUPOPOのような場で作品が出ることは、作家の表現が特定のコアな美術圏に閉じないことも示します。ガラスの存在感は強いのに、眺めている時間が重くならない。そんな「受け取られ方」を、最初から現場で試しているのかもしれません。

オンラインで買える“理由”:作品が距離を縮める

コロロ 硝子はオンラインでも活発に営業しており、数多くの作品が購入可能だとされています。ガラス作品のオンライン販売は簡単ではありません。光の当たり方、反射、透明感の見え方。写真で伝わりにくい要素が多いからです。

それでも購入が成立しているなら、いくつかの要因が考えられます。第一に、作品のテーマが直感的だということ。夜空、星、海底、森——言葉が先に届くと、見え方の理解が進みます。第二に、素材の魅力を伝える撮影や説明が整っていること。透明感の強い素材ほど、情報設計の質が問われます。そして第三に、作り手側が“手に取るまでの不安”をどう解消するかを、実務として積み上げている可能性です。

ガラスは本来、近づいて初めて分かる。けれど今は、情報の手前でもある程度の納得ができる。コロロ 硝子は、そのバランスを取ろうとしている作家に見えます。

「光と音」へ:ガラス作家が目指す新しい鑑賞体験

コロロ 硝子の制作は、ガラスを“見て終わり”にしない方向へ向かっています。光と音という表現が、どこまで文字通りかは受け手次第です。しかし、少なくとも作品は視線を固定させない。角度を変えるたびに色が移ろい、奥行きが“増えたり減ったり”する。そうした体験は、鑑賞を行為に近づけます。

また、自然テーマを扱いながらも、単に自然を模倣しない。自然の背後にある“時間”や“密度”に触れようとしている。夜空なら夜が持つ静けさ、海底なら光が届くまでの距離、森なら葉の隙間の薄い暗さ。そうした要素が、ガラスの内部構造で再現される。パートドヴェールという技法の性格が、その目的に合っているのだと考えられます。

ガラスの世界は伝統も強い分野です。だからこそ、伝統の技法を現代の鑑賞体験へつなげる作家の存在が目立ちます。コロロ 硝子は、古代由来の技法を“今の感覚”に寄せている。その姿勢が、多くの人を惹きつけているのではないでしょうか。

コロロ 硝子の作品を探すときのチェックポイント

初めてコロロ 硝子の作品に出会う人が、購入や鑑賞で迷いやすい点を整理します。第一に、モチーフだけでなく“光の見え方”を見てください。写真だと伝わりきらない部分があるので、説明文にある制作意図や、作品の厚み・色の層に触れているか確認すると安心です。

第二に、アクセサリーかオブジェかで体験が変わります。アクセサリーは生活の中で繰り返し視線に入る。オブジェは空間に“滞在時間”を生む。どちらが自分の暮らしに合うかで、選びやすくなります。

第三に、展示のタイミングを追う価値があります。LUPOPOや三軒茶屋のカフェ&ギャラリーのような場所では、作品のサイズ感や、日常光に近い照明環境での見え方が分かりやすい。オンラインでも購入可能ですが、可能なら現地で一度見てほしい。コロロ 硝子のガラスは、距離が縮むほど説得力が増します。

コロロ 硝子は「夜空の近く」にいられる作家だった

コロロ 硝子——林彩加さんのガラス作品は、夜空や星、海底、森といった自然のモチーフを軸にしながら、最終的に「光をめぐる体験」を手渡してきます。東京藝術大学で培った基礎の上に、古代メソポタミア由来とされるパートドヴェールを自分の制作に合わせて改良し、作品の内部に“柔らかな光”の時間を組み込む。

展示はLUPOPOや三軒茶屋のカフェ&ギャラリーなどで開かれ、オンラインでも購入できる。つまり、作品は特定の場所だけで完結していません。見に行く、手に入れる